またまた前回から一か月くらい空いてしまいました(汗)。
フリースクールも、おかげさまで利用者が継続的にいる状態になり、結構忙しくなってきました。
利用者がいない時は、
「暇だなあ・・・」
と文句を言っていたのですが、忙しくなったらなったで、
「ブログを書く時間があればなあ・・・」
なんて、文句を言っている。
人間というものは本当に勝手なものです。
さて、
教員の世界では、4月は忙しくしている方がほとんどだと思います。
まして、人事異動などで、職場が変わった方は目が回るような一か月だと思います。
みい太も多少忙しくなったとは言え、教員時代の4月の、
「激務!!」
というような忙しさの感覚はありません。
今の現職の先生方は本当に凄い。
自分にはもうできないかなあ。
もう、「やりたくない仕事」をやりたくない。
「こんな仕事なくしてしまえ!」
「やりたくない仕事はしない!」
ということが、教員時代はなかなかできませんでした。
「文科省から降りてきたことだから・・・」
とか、
「教育委員会が決めたことだから・・・」
などなど、必要性を感じないのにやらざるを得ない事が少なからずありました。
今は、やりたくない仕事というのは、ほぼゼロ。
やりたいことだけをやって生きています。
すばらしいことですよね。
もちろん、経済的には、教員である妻に頼る部分が多いので、
一人で夢の実現!というわけではないんですが、思い切って教員を退職してよかったな、と思っています。
かたや、妻はというと、年度当初なので、やはり気の毒なくらいたくさんの仕事を抱えています。
でも、そんな中でも、驚異的な処理能力で仕事をこなし、人柄も素晴らしく、みんなに慕われる先生、という方がいらっしゃるんですよね。
妻や友人の教員から、そんな話を聞いた時、
「へ~、すごいね。」
と言いながら、どこか胸がチクチクしました。
なんでかな、と思ったら、
悔しいんですね。
自分も本当はバリバリに教員の仕事をこなして、しかも自分じゃないとできないようなスペシャルな授業や指導をして、家庭でもよきパパ、みたいなのになりたかったんだ。
そんなのは理想で、世のほとんどの先生は、自分の分担の仕事をこなすだけで精一杯、ということはわかります。
でも、どこかで、
「選ばれし者」
「スーパー先生」
みたいなものになりたい。
子どもにも、保護者にも、同僚にも慕われて。
そんな風になりたかったんだ。
管理職になって、無駄な仕事をバッサバッサと切って、職場を改革して、
「あの、先生、本当にすごいよねえ・・・」
「担任時代もめちゃくちゃ人気あったらしいよ」
とため息交じりにつぶやかれる。
そんな風になりたかった。
それに比べて、今の自分は、妻に食わせてもらって、やりたいことしかしないで、好き勝手に生きて、お小遣い程度の収入しか得られていない。
「自分で自分の人生を変える!」
「人生をデザインする!」
「ワクワクするかどうかで決める!」
全部、すごくかっこいいんだけど、
どこか、
「お前は情けない奴」
「教員を中途半端で終わった奴」
と言ってくる自分がいる。
今、自分の心の状態がすごく悪いわけではないんです。
ちょっと前までは、腰痛がひどかったのですが、運動も少しするようになって、体調もよくなってきたところ。
最初に書いたように、フリースクールの利用者も増え、子どもたちとの関わりも増え、精神的にも楽しさを感じるようになりました。
でも、
かつての同僚が出世したり、知っている先生がすごい授業をしたという話を聞いたり、すごく雰囲気のよい職場を作っている、なんていう話を聞いた時、
ふと、心の闇に向き合います。
「いやあ、教員退職したんですけどね。もう、自分やりたい先生ができない時代になってきたんですよね・・」
なんて、いかにも
「時代の方がついてこないスーパー先生」
的なことを言ってた自分を思い出して、ものすごく自己嫌悪に陥る時があります。
※追記
公開してから、前もこんなこと書いたよな・・・と思って自分の記事を読み返してみたら、ほとんど同じ内容を書いていました(汗)。時折現れるもう一人のみい太のようです。