趣味でダンスをしています。していましたかな? 最近、あんまり踊っていないんで。
中学2年くらいにマイケルジャクソンのビデオを見たのがきっかけでのめりこみました。「ムーンウォーカー」というVHSのビデオの中の「スムーズクリミナル」の曲のところのやつでした。あまりにも有名すぎるから、こんな適当な説明でも多分伝わるでしょう。
それから、高校生くらいの時に、NHKでやっていた「熱中ホビー百科」という番組でブレイクダンスを見て、練習するようになりました。「ウインドミル」という足を開脚してぐるぐる回る技を一生懸命練習しましたね。初めてできた時の興奮はよく覚えています。あとは、ポッピンという、ロボットダンス的なカクカクした動きもよく練習しました。自分は、わかりやすいのが好きでした。「ダンスをやっています」って言った時に、ランニングマンやるより、ぐるぐる回った方が一般の人もわかってくれるじゃないですか。
ここでも、人づきあいが苦手なところがネックになってしまったと思うんですが、ひたすら20年くらいずっと一人でやってたので、技術の伸びがあまりなかったな、と感じます。一人の限界というのもあると思いました。ダンスチームでやっていれば、どんどん伸びていったんだろうな。
でもきっと人間関係に疲れたんだろうな(笑)。一人の練習は楽しかったけどね。
2000年代に登場し始めた「エアートラックス」(倒立した状態で足を開脚して、手だけをついて回転し続ける技。言葉で言うと伝わりづらいな・・・下の動画参照)を「RAVE2001」で初めて見て、衝撃を受けて21歳とか22歳頃から練習を始めました。30歳か、31歳くらいの時に7回連続でできたのが、最高かな。
「熱中ホビー百科」も「RAVE2001」もTRFのSAMさんがやっていて、一度も会ったことはないけど、YouTubeもない時代に、自分のような一般の人にも見ることができる番組をやってくれてとても感謝しています。
あとはやっぱりマイケル・ジャクソン。自分にとっては、人生の中にダンスという文化を作ってくれた恩人です。一目亡くなる前に見てみたかった。1990年代の児童虐待のニュースで、ずいぶんとその後のキャリアが汚れてしまった感があるけど、2000年代に入ってから再評価されてきていた感じがしました。亡くなってしまったのは本当に残念だけど、でも、かっこいいまま死んでいったのはファンとしてはせめてもの救いかなあ。いろいろ賛否もあったようですが「THIS IS IT」は見られてよかったです。
マイケルよりダンスが上手い人、というのは確実にいると思うんですけど、マイケルの影響力にはかなわないじゃないでしょうか。「ハットに手を添える」という誰でもできる単純動作なのに、それをやると「マイケル・ジャクソンだよね」と言われてしまう、というのはすごいことだと思います。「股間に手をあてる」「ポウ!と言う」とか、「つま先立ち」になるのも全部「マイケルだね」となってしまう。シグネチャームーブって言うんですかね。それを発明したというのがすごいなあ、と思います。
マイケルも亡くなってずいぶん経って、最近の若い子は、あんまり知らない、という人も多くなりました。たまに、未発表音源が発表されることもあるけど、「誰?」みたいな若い子もあるんじゃないかな。教員をしていて若い頃は、よく休み時間にDVD見せていたんですが、最近マイケルのビデオを見せても反応がいまいちなんですよね。やっぱりある物事が受け入れられる「時代」というものは確かにあるんでしょうね。80年代のマイケルの影響力なんてものすごいものでしたよね。
教員をやってきた中でダンスというのは、欠かせないものでした。自分の中にダンスがなければここまでできなかった。学芸会の演劇の中でのダンス、運動会のダンス、全部自分に任せてもらって、一生懸命考えて、指導して自分の教員としてのアイデンティティみたいなものでした。
今は働き方改革もあって、行事もかなり簡素化されました。コロナ渦の影響も大きかった。
組体操を必死でやって、3段、4段のタワーをやって成功した時の達成感は好きだったんですけどね。もうやることはないでしょう。自分の学校では、毎年ソーラン節をやって、子どもたちはまだいいけど、教員としては飽きてきてしまいます。保護者もおもしろいと思うのかな。
なんで、ニシン漁の踊りを全国でやるんでしょう。北海道の子達が地域の伝統を、という理由でやるんならまだわかるんですが、全国でやらなくても・・・。
マイケルも悲しんでいると思うよ。
・・・んなわけないか(笑)