みい太の住んでいる地域には、「隣保班」(りんぽはん)というものがあります。
いわゆる町内会のような組織で、年に2回の地域清掃や班会議があります。
班の中で亡くなられた方がいれば葬式にでますし、昨年亡くなった方がいたので、今年は「新盆」(あらぼん)と言って、亡くなられた方が初めて迎えるお盆の風習がありました。
香典のようにお金を包んでその方のお宅にうかがい、お線香を上げます。
古くからの風習だとは思うのですが、この地域で生まれ育ったわけではないので、いまだによく分からないことも多いです。
妻の実家の近くに家を建てたので、その世帯主ということで入るのですが、正直昔からの方々の輪の中に入ることは難しい。
班の中には妻のお父さんがいるので、何とかつながりはあるのですが、それでも、お父さんたちの会話には入って行けません。
でも、新盆では、おつつみを持って、ほぼ会話をしたことがない方のお宅でも伺います。
正直、来られたお宅の方もみい太のことはよく知らないと思います。
今回亡くなられた方も何度か、美化運動でご一緒をしたくらいで、直接話したことはないくらい。
よくご存じない方のお葬式に出たり、お線香を上げたりしていて申し訳ないような気持ちと同時に、これは行かなくてもいいのではないか、と正直思ってしまうこともあります。
迎えるお宅の方も大変です。
お葬式であれば、まだ「何々家葬儀」と事前告知がありますが、新盆は慣習で行われていることなので、何となくみんなの雰囲気で何となく集まっていくわけです。
LINEやインスタ等で告知があるわけではないので、みんな窓から通りの様子をうかがうしかない。
今回も、義父に、
「みんな行っているから行くよ!」
と言われて、慌てて着替えて駆けつけました。
正直嫌だ(笑)。
迎える側もおつつみをもらうわけだから、事前に香典返しのような紙袋に入った、そうめんや洗剤や、みたいなものを用意しなければいけません。
後、裏のおじさんが亡くなってしまった、という話を以前書きましたが、おじさんはみい太とは違う班なので、お宅に伺うことはできないんですね。
みい太としてはお悔やみを伝えたいところなんですが、ここも難しい。
おじさんは一人暮らしだったので、お迎えの段取りをする家族の方もいないのですが。
みい太が死んだ後は、どうなるんだろう。
地方あるあるなのだとは思いますが、昔は大変だったんだなあ、と思ったお盆の出来事でした。